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ツタエゴトその2。
―ツタエゴト―
2
ヂリリリリリン、ヂリリリリリン、ヂリリリリリン、
「ママァ~でんわがよんでるぅ!」
「はいはい、今行きますよ。」
その日のお昼頃、彼女の家に一本の電話が鳴った。
「はいもしもし、・・ヒューズですが。」
まだ一ヶ月半。この様な日常会話を今までの様に行うには、まだ勇気がいる。
何気なく使えていた名の挨拶も、今後は違和感を伴って使うことであろう。
しかし、彼女は受け止めようとしている。辛いことではあるが、それを受け止められるだけの
強さが、彼女にはあった。
そんな彼女ではあったが、受話器の向こうからの声には少なからず動揺を覚えた。
『・・・グレイシア』
「・・・・・マスタング大佐?」
電話の主は彼と彼女の昔からの友人、ロイ・マスタングであった。
電話越しではあったが彼の最後に立会い、グレイシアに夫の死を告げたロイは彼を墓地へと
埋葬した後、彼女に一切連絡を取らなかった。女性に優しい彼は、特に友人の一人であった
自分のことを想い、一人にしてくれていたのであろう。
夫に深い関係のあったロイと話をすると、あの人を思い出してしまうから・・・
自分に対しそのような配慮をしてくれた彼からの電話に、一瞬彼女は動揺しかけたが、
すぐに落ち着きを取り戻し、彼に挨拶をする。
「お久しぶりです、大佐。」
『ひさしぶりです。』
しかし返ってきた声にはいつものような覇気がなかった。
「・・あの、お加減でも悪いのですか?」
『いえ・・・、そんなことはありません。』
「そうですか?」
『はい、大丈夫です。』
「そう、ですか。」
とは言うものの、彼は明らかに疲れている時のような声を発していた。
だが彼女はそのことについてそれ以上彼に問うことは躊躇われた。
「それで、今日はどのようなご用件ですか?」
『・・・・・』
「マスタング大佐?」
彼はしばらく逡巡していたが、やがて一言、
『・・・突然で申し訳ない。明日、家に伺わせて頂いてもよろしいだろうか。』
と、申し出てきた。
「明日ですか?」
『・・・お忙しければ、日を改めます。』
「いえ、ちょっと待ってください。でもあの、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
『それは・・・実は、先週からセントラル勤務になりまして。』
(先週・・・)
「先週」という言葉を聞いて、彼女の中にあの夢を見ている時の感じが拡がった。
(何かしら、この感じ・・・)
何かが訴えかけているような気がするが、それが何なのか分からない。
微かな不安に駆られながらも、彼女は話を続けた。
「先週からですか?」
『はい。本当は、もう少し早くご連絡するはずだったんですが、その・・』
「いいんですよ。気にして下さっていたんですね。お心遣い感謝いたします。」
『いえ、すみません。』
彼女はふと、彼が何か躊躇っているような、何かを隠しているような気がした。
声からしていつもとは違うのだが、このような歯切れの悪さは彼らしくない。あの人の死を
隠さずにいち早く教えてくれた彼が、それ以上に自分に隠すことなんてあっただろうか。
彼女は彼に問いただしたくなった。
「大佐。何か私に話したいことがあるのではないですか?」
『!』
「それも、電話では話せないようなことを…」
『・・…』
「・・・・・」
『・・・・・・・・何を根拠にそう思いになられました?』
「ただなんとなくですが、違ったのかしら?」
彼は明らかに動揺したようで、話をはぐらかすことなくそう聞いてきた。
この人は何を言いたいのだろう。
彼女は彼の言葉を待っていたが、電話の向こうからは静寂しか聞こえてこない。
今聞き出すのは無理であろう。
そう思うと彼女は、
「明日は空いております、大佐。ですから、何時頃いらっしゃるのか教えて頂ければ、
お待ちしていますわ。」
と、申し出た。
明日、彼が来た時に聞き出すしかないだろう・・・。
『・・そうですか、それでしたら・・・明日の、十四時にお邪魔いたします。』
「分かりました、お待ちしております。」
『すみません。・・・・それでは失礼します。』
「えぇ、また明日。」
電話を切ると、娘のエリシアがこちらを見つめていた。
「あした、だれかくるの?」
「えぇそうよ、マスタングおじちゃんがいらっしゃるのよ。」
「ほんとう!?」
「そうよ。」
眼をキラキラと輝かせる娘を抱き上げると、グレイシアは微笑する。
エリシアが素直に来客を喜んでいたからだ。この子の仕草が、彼女を落ち着かせてくれる。
彼女はエリシアを抱いたまま、リビングへと行くとこう言った。
「明日来るマスタングおじちゃんの為に、このお部屋を綺麗にお掃除しましょうか!」
「うん!!」
エリシアは母の手から降りると、掃除用具を取りに駆け出していった。
その姿を見送ると彼女は部屋を見渡す。よく見るとどうやら掃除すべき所は沢山あるようだ。
久し振りに身体を動かす気がする。少し心が晴れてきた。
(それにしても・・・)
マスタング大佐のあの電話は引っかかりを感じる。
あの最近見続ける夢といい、何かが起こるのだろうか。彼に一体何があったのかは
分からないが、それでも彼女は受け止めるつもりだった。
続く
